横浜地方裁判所 平成5年(行ウ)21号 判決
原告
奥津茂樹
被告
川崎市長 高橋清
右訴訟復代理人弁護士
石津廣司
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 〔証拠略〕によれば、川崎市は、本件条例を制定して、市民から請求があれば、原則として、市長及び議会等の実施機関が管理している公文書(実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書及び図画等)を閲覧に供し、その写しを交付してこれを公開することとし、個人生活事項について特定個人が識別され又は識別され得る情報や、公開することによって法人等の活動利益を害するおそれのある情報など(以下、これらを「個人情報部分等」ともいう。)一定の場合に限って、当該公文書の閲覧等を拒むことができ(同条例二条、六条、七条)、実施機関が閲覧等の請求に係る公文書の閲覧等を拒むことを決定したときは、その理由を記載した書面により速やかに当該決定の内容を請求者に通知しなければならないこと(同条例一〇条三項、四項)、右閲覧等の請求手続きは、請求者が実施機関に対し、公文書閲覧等請求書に住所氏名等のほか、閲覧等の請求の内容として、公文書の閲覧とその写しの交付のいずれか又は両方を求める旨、及び閲覧等に係る公文書を特定する内容等を記載して提出し、これを受けた実施機関は、原則として請求受理後一五日以内に諾否の決定をしてこれを請求者に通知すること(同条例一〇条一項、二項)、実施機関は、本件条例に基づき公文書について閲覧等させる場合には速やかに当該公文書を閲覧に供し、又は請求者にその写しを交付しなければならないこと(同条例一一条一項)などを規定していることが認められる。
したがって、本件条例によれば、川崎市における公文書の公開を請求する市民は、その選択により、当該公文書の閲覧とその写しの交付のいずれか又は両方を求めることができ、川崎市の実施機関は、一定の場合に限ってこれらを拒めるが、その場合でもその理由を明らかにする必要があることになる。
二 ところで、前記争いのない事実に、甲一ないし四号証、六号証、乙五号証、証人石井敏治の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告が行った当初の公開請求から本件全部公開決定、本件取消決定及び本件一部非公開決定に至る経緯について、次のとおり認められる。
1 本件条例に基づき原告が行った当初の公開請求及び本件公開請求は、いずれも被告の交際費の領収書を対象とするものであるが、被告交際費の支出事務は川崎市市長室秘書課の所管に属しているため、原告の右請求については、同課が実施機関としての事務手続きを担当することになり、主として同課課長の石井敏治(以下「石井課長」という。)が、原告との折衝等に当たっていた。
2 ところで、原告は、被告及び川崎市議会議長に対し、平成五年三月九日、市長交際費及び議会交際費の各支出伺い、前渡金出納簿、前渡金精算書の閲覧等の公開請求をしており、市長交際費関係についての担当者であった石井課長は、同月三一日、議会交際費関係についての担当者であった川崎市議会事務局の庶務課長(以下「議会庶務課長」という。)と共に、原告からの右請求に応じた公開決定に基づき、原告に対し、右各文書の閲覧等をなさしめる手続きをした。
3 右2の公文書を閲覧した際、原告は、被告に対し、平成元年四月から平成五年二月までの市長交際費の領収書についての閲覧等の請求をしたが、右公開請求の請求書には複数年分の領収書の閲覧等を求める旨記載したが事務量も大変であろうから特定の一か月分でも閲覧等を認めてくれるならそれでもよいと申し出た。
石井課長は、同じく原告から議会交際費の領収書の公開請求を受けた議会庶務課長と打ち合わせて、右領収書は基本的に公開すべきであるが、個人情報部分等については覆いをする必要があるなどと話し合った後、原告の公開請求の範囲を特定月の領収書に変更する方法について、川崎市公文書館の担当者(以下「公文書館担当者」という。)と協議したところ、右担当者から、改めて原告に公開請求書を出し直させる必要はなく、既に提出されている請求書を訂正すればよいとの説明を受けた。
そして、原告に対しては、公文書館担当者が、平成五年四月一三日、公開を求める領収書を平成四年三月分に限定してもらえないかと電話で申し入れ、原告の同意を得た。
4 そこで、石井課長は、その対象が本件文書に変更された原告の公開請求、すなわち、本件公開請求について検討の結果、個人情報部分等については覆いをしたうえで、本件文書を閲覧等させるべきものと判断したが、個人情報部分等は覆いをしたとしても、請求された文書の全部を閲覧等させることになる以上、公開の形式としては全部公開になると考え、平成五年四月一四日付けで本件全部公開決定をした。
そして、石井課長は、同年五月一四日に本件文書を原告の閲覧に供することにし、同日、議会庶務課長及び公文書館担当者と共に立ち会って、原告に閲覧させた。なお、その際、石井課長は、右閲覧手続きにおいては、市長の交際費がどのような手続きで支出されるかを説明することで終わるし、個人情報部分等については後日写しを交付する際に、覆いをすればよいと考え、本件文書の一部を覆うことはしなかった。また、議会庶務課長は、原告に対し、プライバシー問題があるので、議会交際費の領収書の写しの交付については再度協議する旨説明した。
5 右閲覧をさせた後、石井課長は、原告に対し、写しの交付については本件条例に抵触する部分に覆いをする必要がある旨を説明したが、原告は、これに納得せず、本件文書全部について閲覧をした以上、これと同じものの写しを交付するのが当然であると主張した。次いで、同課長は、公文書館担当者から、全部閲覧させた以上は、写しも同様に覆いのないものを交付するのが原則であるが、そもそも個人情報部分等まで閲覧させたのは条例上疑問があるとの説明を受けたため、翌週、関係者間で協議することにした。
6 ところが、同年五月一四日に、被告が原告からの公開請求に対し、個人情報部分等まで閲覧させた旨の新聞報道がされたため、石井課長は、議会庶務課長に連絡して協議したが、その際、同課長が同月一五日に原告に電話をかけ、議会交際費については個人情報部分等を公開せず、その部分に覆いをした写しを交付する旨を説明し、原告の同意を得たことを聞き、同月一六日、原告に電話して市長交際費についても同様であり、本件文書のうち個人情報部分等は非公開とし、写しの交付についても個人情報部分等に覆いをする旨を話し、同意を得た。
7 石井課長は、同年五月一七日、議会庶務課長及び公文書館担当者と共に本件文書の写しの交付方法等について検討し、同担当者から、川崎市においては、公開決定の様式については全部公開用と一部公開用とがあり、個人情報部分等に覆いをする場合は、一部公開用を使用すべきであった旨指摘されたため、同日、原告に対し、本件全部公開決定を一部非公開決定に差し替えたい旨を申し入れたが、閲覧の範囲が縮減されるなら、写しの交付を右のとおり変更することに応じないと拒否されたため、「今の話はなかったことにしてほしい」と言って電話を切った。
そして、石井課長は、本件文書については、個人の役職名、住所等及び法人の金融機関との取引口座番号等の記載部分に覆いをした写しを作成して交付することとし、同月二一日、原告に対し、右覆いをした写しを交付し、原告もこれを受け取った。
8 その後、同年五月二八日、市長室秘書課、議会事務局庶務課及び公文書館の各担当者が集まって協議した結果、公文書館担当者から、一部公開のつもりで全部公開し、更に閲覧の際、覆いをすることなく全部閲覧させたのは、二重の失敗であり、今後、第三者から同様の公開請求がされた際の取扱いを統一するために、本件全部公開決定を取り消したうえ、本件文書のうち個人情報部分等を非公開とする一部非公開決定をすべきであるとの意見が述べられたため、被告は、これにしたがって、本件取消決定及び本件一部非公開決定をした。
三 右一、二の事実によれば、本件条例においては、市民に対する公文書の公開方法として、当該公文書の閲覧とその写しの交付という方法とが規定されており、公文書の公開を請求するものはその両方又はいずれか一方を請求することができるところ、原告は、当初、平成元年四月から平成五年二月までの市長交際費の領収書の閲覧等を請求したが、その後、右閲覧等を求める対象を本件文書に限定する本件公開請求に変更し、被告は、これに応じて本件全部公開決定をしたうえ、これに基づき、原告に対し、本件文書全部を閲覧させたほか、原告の同意を得て、同文書全部の写しの交付に代え、個人情報部分等を除く部分の写しを交付したものと認められる。
被告は、本件全部公開決定は本来公開すべきでない部分についてもなされたものであって、これには同決定を取り消すべき瑕疵があると主張するが、〔証拠略〕によれば、本件条例は、七条において「(個人生活情報等については)当該公文書の閲覧等を拒むことができる」と規定し、右に該当する公文書の閲覧等を絶対的に禁止しているわけではないから、被告において、原告の本件文書の公開請求に対して、その全部を閲覧等させる旨の本件全部公開決定をした以上、その内心において本件文書の一部については非公開とする意図を有していたとしても、それが表示されないまま原告の公開請求に応じてされた全部公開の決定は、本件文書を全部閲覧等させる処分として有効なものと解さざるを得ない。
しかしながら、本件全部公開決定に基づき、被告は、原告に対し、本件文書の全部を閲覧させ、個人情報部分等を除いた部分の写しを交付したものであるところ、当該写しの交付をもって、右文書全部の写しの交付に代えることについては原告の同意を得ているのであるから、これにより本件公開請求に基づく本件文書の閲覧等に関する手続きはすべて終了し、原告はその目的を達したことになる。
そして、右のとおりとすれば、被告がした本件取消決定の性質は、本件全部公開決定が有効であることを前提とし、事後においてその効力を維持し難いものとして、将来に向けてこれを失効させようとする撤回行為と解するほかないところ、原告からの本件公開請求は、既にそれに対応する処分が完了しているのであるから、右撤回行為は、法的には意味がないというべきであるが、その反面、原告についても、右取消決定、及びこれを前提とする本件一部非公開決定を取り消すことにより得られる法的利益は存在しないといわざるを得ない。
この点に関し、原告は、前記第二の三1(一)のとおり主張するが、本件における訴えの利益は、本件訴訟の提起及び維持についてその実益があるかどうかの問題であり、たとえ右主張のような事情があるとしても、原告において、本件取消決定及び本件一部非公開決定の取消しを求める法的利益があるとはいえない。すなわち、本件条例に基づく公文書の公開手続きによれば、公文書の公開請求がされると、実施機関は、当該公文書について閲覧等をさせるかこれを拒否するかを原則として一五日以内に決定し、閲覧等させる場合には速やかに当該公文書を閲覧に供し、又は請求者にその写しを交付しなければならないことになっているが、それをすれば、当該請求に対する一連の措置が完了したことになり、このようにして閲覧等をした市民が、同一公文書について再度閲覧等を求めるには、所定の手続きにより、改めて公文書の公開請求を行うことを要すると解されるからである。したがって、原告が主張するように、たとえ、当該実施機関において、右所定の手続きを求めることなく、再度の閲覧等をさせる取扱いをしていたとしても、それは便宜上そのようにしているにすぎず、常にこのような取扱いをするように請求することができるわけのものではない。また、公文書の閲覧等を請求した場合に、それが認められるかどうかは、当該請求の時点において、本件条例の趣旨、目的等を客観的に検討して判断されるべき事柄であり、同一内容の公文書についての過去の取扱いと同様の取扱いがその後も保証されるという性質のものでもない。なお、原告は、本件公開請求には、公文書公開の実績を得る目的があると主張するが、それはいわば原告の個人的、主観的な意図でしかないから、そのことのゆえに本件訴えの利益を認めることはできない。更に、訴えの利益は当事者の主張をまつことなく客観的に判断されるべきであるから、被告が原告に対し、本件取消決定等について不服申立方法を教示したかどうかと関係するものではない。結局、訴えの利益に関する原告の主張はいずれも理由がない。
四 以上の次第で、原告には、本件全部公開決定及び一部非公開決定の取消しを求める訴えの利益がなく、本件訴えはいずれも不適法であることが明らかであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 尾方滋 裁判官 秋武憲一 今井弘晃)